皆さんこんにちは。
今年も残す所あと2ヶ月。平成最後の冬がやってきました。
私達リアルステージは春先から続く繁忙期との戦いが少し落ち着いて、ほっと一息といった所でしょうか。
しかし11月なのに暖かいですよね~。東京ではセミが鳴いてるそうですよ。

私事で恐縮ですが、今年の11月4日でこの業界に入って丸25年を迎えました。
いや長いようでアッという間の、とはよく言いますが、まさにそれ。
こんなに長く続くとは夢にも思わんかった。
最初に劇場に足を踏み入れた日、初めて舞台転換に関わった時。初めての公演、芸能人。
帰った時の母親の顔。

まあ25年の中には良いことも悪い事もたくさんあって、
先輩や後輩にも恵まれ、恵まれた大道具生活だったと思います。

そして25周年のこの11月を持って、大道具を引退する事にしました。
これフェイスブックに載せたらすごい数のコメントを頂きまして。
直接メールやライン、電話も頂いて改めて幸せを噛みしめている次第です。

理由としては、思ったより弊社の事業範囲が大きくなりすぎて、色々な調整に時間を掛けたいと思った事。
もっとたくさんの人と会ったり、もっと遠慮なく煮詰まったりしながら改良点を探して、
企業として今よりもっと確立したいと思っている事。
でも一番大きな理由は、僕自身に大道具としての才能が無かった。
本来怒りや承認欲求からモチベーションを保つタイプの僕には、大道具と広報との両立はできませんでした。

この25年を振り返ると、特に怒ってる時や誰かを仕事で黙らせたいと思っている時に決定的な仕事ができていたなあ、と。
舞台=戦場で、一番働いている大道具が偉いんだ、だから俺に従え。って思っていた気がします。
それが効を奏して色々な方に可愛がってもらえて、信用してもらえて弊社の基礎があるのですが、
同時に味方と同じくらいの敵を作ってたりもしました。
当時の僕は何を思われようが平気で、
仕事が一番出来る奴が一番偉いでしょ?出来ない奴は黙れよ。と。
俺は誰より図面を見たし、誰より予習したし、出来ない事は一人でコソコソ練習したんだ。
俺に勝てる奴なんか居ない。本気でそう思っていました。

昨今は特に仕事は出来るが気性が荒い大道具は避けられます。
知識は豊富、経験もすごい、彼に任せれば幕は開く、けど…すぐ怒るのよね、あの人。
嫌な言い方したりさ、こないだも若手を怒鳴ってんの見かけたのよ、みたいな方。
そんな風になっていた事に、いつ気づいたんだろ。
修正しなければココでは生きていけない、と気づいてからは自分を変える事、客観的に自分や周囲を見る事に専念して、
同時に大道具としてのアイデンティティ(笑)も失いました。
つまり大した奴じゃなかったんです。残念ながら。

僕を育ててくれた先輩方、ありがとうございました。
後輩の方達に、僕が経験してきた苦労や成功を手渡しできたらいいなと思っています。
「名古屋にもいい大道具いっぱいいるよね」そんな未来の為に出来る事をするつもりです。

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10月は本当に色々な事件や事故が起こりました。

当たり前にこなす業務。当たり前にある健康。当たり前にある仕事。そして普段の生活や仲間。命。

でも考えてみたら、突然それが無くなってしまったり激変したりなんてのも「当たり前」なのかもしれませんよね。
このブログを読んでくれてる方がどんな層なのか見当もつきませんが、
どうか当たり前の事、例えば病院で風邪と診断されたり、翌日約束通り会える友達だったり、
普段普通に接してくれる家族や仲間の幸せを喜んだりして
そうやって普通に感謝して毎日を過ごしてほしいと祈っています。

11月は少し時間があるので、昼間からビールでも買って、
金山の駅を抜けて、突然先に行ってしまった同僚の事を想うつもりです。
見た目に反してホント優しくてさ。人懐っこい話し方しちゃってさ。
いつとか言えないけど、そのうち僕らも行くから。そこ温っためといてよ。